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ビンテージの着物の生地で
できた小さな巾着袋に「FUGURO」の名前が付くまで 宮城県亘理町、「ありがとう」を運ぶ幸せの袋。

震災を経て、
プレゼントしたいという気持ちを今に蘇らせる

宮城県亘理町、「ありがとう」を運ぶ幸せの袋。震災を経て、プレゼントしたいという気持ちを今に蘇らせる

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FUGUROの製法を活用してビンテージ着物の生地で作ったテディベアを手にする引地さん

仙台市から南に約26km、仙台に通勤圏の宮城県亘理町。かつては養蚕が盛んな地域で“縫うこと”は女性の身近な手仕事でした。特に農業の閑散期である冬は、春に備えて新しい作業着を一針、一針縫っていました。株式会社WATALIS代表取締役の引地 恵さんは、戦前、戦後の激動の時代を生き抜いた、農家の女性の話に感銘を受けたそうです。

「その方は巾着袋を見せてくれました。ビンテージ着物の生地でできた小さな巾着袋。その時代の女性たちはみなこの小さな巾着をたくさん作っておいて、何かお祝いやお返しをするときに、お米を入れて渡していたそうです。巾着袋をたくさんつくってためておいたということは、『ありがとう』という場面がたくさん訪れるということを想定している人生ですよね。その女性はいつも明るくて元気。なぜだろうと思ったら、その源には、この“感謝に備える生き方”があると行き着きました。私もそういう生き方がしたい。そして、何も残るものがない当時の女性の生き方を、形にして伝えたいと思ったんです」

「ふぐろ」に込める感謝の気持ち

巾着袋には必ず裏地をつけて、ひもも片側ではなく両側から引けるようにすると、お米がこぼれなくて持ちやすい。小さな巾着ながらもそうした配慮が行き届いています。感謝の心を詰め込むこの袋は、「ふくろ」がなまって「ふぐろ」と呼ばれていました。

引地さんは、かつて印刷会社の総合職として夜遅くまで働く日々を過ごしていました。結婚を機に、働き方を見直して役所に転職。学芸員として資料館に勤務することになりました。このまま仕事をしながら子育てをして働き続けよう――その思いは音を立てて崩れていきました。2011年3月11日、東日本大震災が発生したのです。

亘理町のほぼ半分は津波によって浸水。勤めていた資料館は閉鎖され、引地さんは急きょ支援物資の担当になりました。何個も何個もおにぎりをつくり、避難所となった体育館では運ばれてくる支援物資の受け取り。のどかだった町の雰囲気は一変し、疲労困憊する被災者の方々と日々接し、引地さん自身の体力も精神も次第にすり減っていきました。

「気持ちを明るく立て直したかった。簡単には切り替えられないことはわかっていたけれど、無意識に何か転換するためのきっかけを探していたのかもしれない」と振り返ります。

今まで残されていなかった「ふぐろ」の文化。大事に引き渡していきます

ようやく資料館の仕事に戻ったのは半年後。震災前に行なっていた町史の編さん業務を再開することになりました。しかし、震災前と震災後では状況が大きく違いました。失われた命もあり、また助かった人のなかにも他の地域へ転居した人もいました。「今、話を聞かないと町の記憶が失われてしまうかもしれない――」。農家の女性の「ふぐろ」について聞いたのはそんなときでした。

引地さんはふぐろの再現を始めました。建物を取り壊すという呉服屋さんから生地を分けてもらい、引地さんの妹や同級生たちに声をかけて研究。もともと伝統工芸品ではなく家庭の手仕事です。確立された作り方も伝承された技術もありません。地元の和裁塾の先生にも相談し、1年ほどかけて納得するふぐろを蘇らせました。

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ビンテージ着物の生地で作った缶バッジ
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WATALIS Shop & Galleryには巾着袋「FUGURO」やアクセサリーなど着物地でつくった小物

裏地には華やかな色を合わせたり、紐の色、糸の色を一点ごとに工夫したりして、現代ふうにアレンジしています。生地は、タンスに眠っていた着物のリサイクル品。

「お母さんが蚕から糸を取って織り、染屋さんに出して仕立ててくれた着物が、津波で流されてしまったという話を聞きました。着物には、親から大切に育てられお嫁に出た娘の精神的なよりどころの意味もあると知りました。ふぐろと同様、そこに背景、人生が詰まっているのです。また、もともと着る人が幸せになるようにという思いを込めて作られた衣類なので、柄も縁起がいいものばかり。美しさも普遍的。そのため着物にこだわって生地を選んでいます」

FUGUROに詰める素敵な生き方のエッセンス

リサイクル品は手間がかかりますが、引地さんは着物に込められた思いを伝えていくこともひとつの使命と感じています。生地に穴などがないか丁寧に検品し、傷めないように洗い、使用する柄を選んで裁断。引地さんは、FUGUROを地元だけでなく日本全国、海外にも広く伝えたいという思いから、この事業に専念するため役所を辞めて一般社団法人と株式会社を設立しました。

「亘理に女性が誇りを持って働ける場をつくりたい。地元でお母さんが働いている姿を子どもたちが見て、お母さんによって生み出された亘理の手仕事が各地で販売されていると知るのはとても嬉しいことだと思うんです」

「ありがとう」。そんな場面がこれからもたくさん訪れる――。FUGUROの中には素敵な生き方のエッセンスが詰まっているのです。

文:安楽由紀子、写真:一井りょう